受賞のことば 毎日出版文化勲章を受章して 著者 曽根英二

 

テレビマンがペンの世界で賞をいただく。ありがたく感謝いたしております。
ドキュメンタリー取材の現役最後の3年間を限界集落通いで過ごしたことへの、神様のご褒美かと思ったりもいたします。主人公や地域の切実な声や生き様が本の中に蘇る。こんな素晴らしいことはありません。


瀬戸大橋開通で「置き去り」にされた島への産廃不法投棄報道で菊池寛賞を受賞したテレビディレクターが、
平成の大合併で「置き去り」にされた「限界集落」に迫る。地方行政の陰に光を当てる渾身のルポルタージュ。

著者紹介 曽根英二

著者 曽根英二

1949年兵庫県生まれ。早大教育学部卒。74年岡山の山陽放送入社、アナウンサーを経て報道部記者に。80年から4年間JNN(TBS系列)カイロ特派員。瀬戸内海の環境問題や聾唖者裁判、イランイラク戦争など4つの戦争を取材にあたる。90年の産廃不法投棄スクープを皮切りにした長期間の香川県・豊島報道はTBS系の「ニュース23」「報道特集」などでたびたび全国放送され、中坊公平氏の島民の弁護活動とともに97年菊池寛賞を受賞。他の制作ドキュメンタリーも民放連盟賞など受賞多数。2010年4月より阪南大学国際コミュニケーション学部教授。
<主な著書> 『ゴミが降る島――香川・豊島 産廃との「20年戦争」』などがある。


作品紹介 限界集落 吾の村なれば

1990年、瀬戸内海の香川県・豊島への産業廃棄物不法投棄をスクープ、島の住民の産廃との闘いをつぶさに報道し97年に菊池寛賞を受賞したテレビジャーナリストが、2007年から3年間、岡山・鳥取県境の過疎の集落を密着取材。マスメディアで言葉だけは喧伝されているものの、実態はほとんど知られていない「限界集落」のくらしに寄り添い、そこでたくましく生きる人たちを通して日本人の“心の過疎”に迫った190日間。その中で見えてきたものとは?

標高650メートル、岡山県でも一番の豪雪地帯の中国山地の尾根に位置する集落。平成の大合併で行政区分は町から市に変わった。止まらぬ少子高齢化に行政の広域化が拍車をかけ、高齢者ばかりの集落には医療、介護、防災の不安が高まる。この集落だけに限ったことではない。周辺の集落でも小中学校は統廃合され、子供の声は聞こえなくなる。“無子高齢化”という自嘲的な言葉さえ口の端にのぼる。 そんな典型的な日本の中山間地域で相変わらず山村の道路拡幅という公共事業がしきりに行われているという現実がある。センターラインのある立派な道路のすぐ脇に朽ちていく廃屋が目立つ。平成の“新たな公共工事”光ファイバーケーブル網敷設についても、パソコンやインターネットをどれだけのお年寄りが使うのかという声が漏れる。 郵政民営化の陰の部分も見えてくる。年金や貯金の引き出しと郵便物の配達をしてくれた“郵便屋さん”は中山間地域の過疎の集落では、ひとりぐらしの高齢者にとってはかけがえのないライフラインだった。郵便事業と郵便貯金の分離で、これまでのようなサービスは受けられなくなった。誰が“郵便屋さん”の代わりを引き受けるのか……。

ともかく産業がなければ地域はやっていけない。若者も流出して戻ってこない。和牛復活の切り札と専門家の間では評価の高い土地に根ざした種牛の育種に四半世紀もの間、孤立無援の闘いを強いられている独身の牛飼いがいる。農政の規格外というだけで、行政やJAはこれまで支援の手をさしのべようとしてこなかった。 同じ市の別の地区。限界集落一歩手前で、黒ぶどうのピオーネの一大産地として都会からの新規就農者が流入し始めている地区もある。ここはかつての葉タバコの産地。パイオニアとしてピオーネの栽培を始めた人たちはやはり当初はJAの目の敵となり、孤立無援の闘いを強いられたと証言する。とはいえ、一度産業に育てば、やがて子供の声が聞こえるようになる。集落は希望を取り戻す……。

著者は最後にこう記している。 ――戦後日本人の均一的な価値観と生活設計が、東京一極集中の一方で、多くの限界集落を出現させたのは事実だろう。農業のプロとして生きていきたいという新規就農者が移り住むそこは本来、都市住民の先祖や両親、兄弟のいる、ふるさととしての「巣」があった場所である。日本の若者だけでなく、親たちにも突きつけられているアイデンティティーの不確かさの背景には、「心の過疎」「心の限界集落」がやはり横たわっているのではないかと思えてならない。

地方が傷んでいる――岡山の山陽放送で一貫してこの言葉にこだわり続けて数多くのドキュメンタリーを制作。TBS系ニュースネットワークであるJNNの「NEWS23」「報道特集」などを通して全国に警鐘を鳴らしてきた著者の取材活動の集大成とも言える作品である。 取材に入った190日間に、実際に見たこと、聞いたことだけで、350ページの物語をつむぐ。自分の思いは最小限にとどめる。そのストイックな文筆に対する姿勢は、ただひたすら長時間にわたってカメラを回し続け、たった数十分足らずのドキュメンタリーに凝縮させていく民間放送のテレビジャーナリストならではの作品とも言えるだろう。

(写真 藤井 弘)


限界集落 目次

限界集落 吾の村なれば

  • はじめに―過疎を通り越した限界
  • プロローグ―中国山地の尾根にある村から
  • 第一章 限界集落のくらし 全盲の農民作家のまなざし
  • 第二章 限界集落の苦闘 蔓牛復活に人生を賭ける
  • 第三章 何が限界なのか? 集落を成り立たせるもの
  • 第四章 限界への挑戦 ぶどう栽培を地域の産業に
  • 第五章 豊かな限界の島 ゴミが降る島の10年後
  • エピローグ―限界を乗り越える意思
  • おわりに